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2014年11月17日月曜日

「大人はご機嫌でいる責務がある」

 昨日16日は、第28回こがねいパレット(小金井市男女参画推進事業)が公民館本館で開催されました。市と市民が共に行う男女共同参画推進のために市民公募の実行委員会方式で委員を募り、企画と実行をしています。
 こがねいパレットとの縁は、以前障がいをテーマに取り上げた年に、私が関わっている障がい児の父親の会が、「父親の会」?ということで、企画実行委員の目に留まり、参加しないかと声をかけていただき、以来数年間、私たちのメンバーが企画実行委員に名前を連ねお手伝いをしていました。当時は、会場設営のための展示用の大きなパネルを運び、組み立てる作業すべて企画実行委員の高齢の男性・女性たちだけで行っていたことを知り、設営のお手伝いをしていたことを思い出します。
 今年のテーマは「ゆる家事」。第1部講演会講師に浅倉ユキさんをお招きした講演会、第2部は、野菜を使った「ゆるベジ料理」の講演ということでしたが、時間の都合で第1部だけの参加でしたが、とてもいいお話でした。
 家事労働の大変さ、家事労働に対する評価の低さ、日本の主婦の家事労働時間の長さは、お隣り韓国についで 長い4.22時間だということ。日本人の真面目さ、靴を脱いで生活する 国ゆえにキレイにしなければという観念が大きく影響するとはいえ、主婦はこうあるべしという呪縛から解放されてもいいのではないかという思いから「ゆる家事」を提唱。もちろん日本では、男性が仕事に束縛されている時間が異常に多く、パートナーの家事分担が出来にくいといった事情はあるにしろ、お母さんがご機嫌でいることが一番大事。そのためにもう少し「楽をする工夫」をしませんかというお話です。「頑張ったハイスコアな自分ではなく、いつもの残念な自分を標準にする」、「ご機嫌なつもりではなく、本当にご機嫌になる」。そのためにハッピーな自分を想像することで、自分自身がご機嫌になる方法がわかりますよ、というのです。具体的には、掃除機かけが苦手という人には、掃除機かけの何がイヤなのか、イヤなポイントを掴んでそこをひっくり返す・・つまり掃除機かけのコードが伸びきって、近くのコンセントにプラグを差し替えることがイヤならば、掃除機をコードレスにかえてみる・・すなわちこれがゴールというわけなんです。「何が足らないから、それをしないのか」を突き詰めることによってポイントを見つけて、それをひっくり返す・・・これがゆる家事の基本なんだそうです。その結果、お母さんがハッピーになって、それを見ている家族もハッピーになるしあわせの連鎖が生まれるということですね。浅倉さんの「大人はご機嫌でいる責務がある」という最後の言葉が、とても暖かく心に残りました。いやー、とてもいいお話でした。ワタクシ自身、頑張らずに、自分の使った食器ぐらいは自分で洗う、びしょ濡れの洗面台は自分で拭き取る・・・ようにしなければ、と強く思ったのであります。

2014年3月30日日曜日

震災は終わっていない(福島第2原発視察)

 1月21日、22日。福島県南相馬市と福島第2原子力発電所の視察をしてきました。福島第2原子力発電所の所内の視察の許可が出るとは思っていなかっただけに意外でした。原発に至るまでの往復では、帰還困難区域内にも入ることになり、現地までのバスの車中からは、3年前から時間が止まってしまったような街の様子を見ることができました。
宿泊した原ノ町駅前にあるステキな建物は図書館。3年前の震災以来、JRは南側の東京方面(いわき市方面)が20キロ圏内の帰還困難地域を通るため。北側の仙台方面は、相馬までの3駅間が運転していますが、以北は不通のまま。町中は一見平静に見えますが、交通手段は極めて限定されたもので、公共交通機関は福島駅から1時間。雪景色の峠を越えるバス路線のみとなっています。
 今回視察した地域周辺図。南相馬市の原ノ町駅前に宿泊。その後原発にむけて国道6号線を南下。原発視察後は富岡町から郡山市へ抜けました。(福島県ホームページより)     
宿泊した南相馬駅で参加者の皆さんとともに。
南相馬市を出発し国道を南下すると、ご覧のような検問所でチェックを受けます。携帯で様子を撮影しようとすると、警官から身分証明書の提示を求められました。テロ対策のため検問所の詳細はあまり知られたくないという理由があるようです。24時間体制での警備です。
検問所を過ぎると道路沿いには被害を受けた家屋がそのまま残されていますが、周辺では除染作業が行われていました。
原発に向かう国道から集落への入口には、すべてゲートと検問所があり、人の立ち入りは厳しく制限されていました。

南相馬市から第2原発までの行程で、第1原発がある双葉、大熊、富岡町を通過します。当然ですが、原発近くではバスの中でも線量計の数値は上昇します。


発電所に到着するとビジターセンターで事前説明です。第2原発敷地内は撮影禁止でした。所内の画像は、すべて東京電力の現地職員の撮影です。津波が到達し冷却用電源を喪失した後、非常用ディーゼル発電機を復旧し、最悪の事態を脱するまでの状況をパワーポイントを使い詳細に説明されました。
 この後は実際に3号機原子炉建屋から順に内部の視察となります。原子炉建屋内に入るためには、専用のツナギに着替え、線量計を持っての行動です。眼鏡使用者にはストラップ、女性はイヤリングやピアスも外すよう求められますが、これは、不意の落下を防止するためだそうです。ストッキングも静電気を帯びて汚染物質が付着する恐れがあるので、木綿の靴下に履き替えです。
原子炉建屋6階の使用済み燃料プール。常に冷却水が循環しています。
原子炉格納容器の中、原子炉直下の制御棒を動かす場所です。

1号機海水熱交換器建屋内の様子。指を指している投光器のランプの中には海水が残ったままです。
上の画像を角度を変えて見ると壁には浸水した海水の跡がハッキリと残されていました。津波で運ばれた海水は土砂まじりなのでこのように跡が残るという説明でした。
この後使用済み核燃料プール、原子炉格納容器内、非常用ディーゼル発電機、海水熱交換器建屋の順に視察。各所に津波到達時の水位が示され、土砂流入の痕も生々しく残るなかを視察しました。原子炉建屋内での線量は合計でも0.2ミリSv。建屋内は厳重な管理が徹底されていました。
 その後再びビジターセンターに戻り質疑応答。この原発では現在2,300人が働き、うち60名が女性ということに驚きました。それだけ線量が低くコントロールされているということなのでしょうが、いろいろと考えさせられる視察になりました。



第2原発視察後は、帰還困難地域に指定地域に入りました。JR常磐線富岡駅前に入り街の様子を視察、3・11のまま、時が止まったような息をのむ光景です。崩れたガレキ、津波に運ばれた自動車、津波が流れ込んだ駅前の食堂には、ご飯がこびりついたランチジャーが転がり、脇には家族写真のアルバムが・・・。


富岡駅の様子。この場所が駅舎だと、しばらく気づけませんでした。ちょうど正面が改札口のあった場所です。ホーム上屋の向こうには水平線が望めます。


帰還困難地域、居住制限地域とも、ご覧のように非常に厳しい状況です。マスコミ報道で分かっていたとはいえ、自分で現地に入り目の当たりにすると大きなショックを受けました。この場所を含め、震災は今でも続いています。前日の南相馬市では、震災前7万1千人の人口が、4万6千人に減少したまま。特に若い世代の家族が戻っていないことに胸を突かれる思いです。周辺地域の除染も、賠償問題も進展せず、いつしか勤労意欲までも奪われた生活を余儀なくされ、市内に戻った市民に夢や希望が持てる状況には、残念ながらほど遠いという現地の方のお話が強く印象に残りました。
(非常に強烈な体験だったため、気持ちの整理がうまく出来ないまま時間が過ぎ、報告が遅れてしまいました)








2012年3月31日土曜日

春くる


 東京でも、桜の開花予想日まであと少しと言われています。近くの雑木林に行ってみると、すっかり葉を落としたクヌギ林の明るい林床の落ち葉のあいだからスミレが咲き始めていました。自然はスゴイなと思うのは、このタイミングでないと、この場所には光が届かず、受粉に必要な虫たちも来ないことをスミレは知っていて、雑木林のトップを切って花を咲かせているからです。南向きの斜面に咲いているスミレを見て命の強さを感じた朝のひと時でした。もう木々の芽は動き出しています。ウグイスも、これまでの地鳴きではなく「ホー・ホケキョ」とさえずりを始めているヤツもいますね。春本番前の、まだ静かな雑木林です。

2012年2月27日月曜日

障がい児の親であるということ


 悲しい事件が起きてしまいました。立川市で亡くなって2カ月後に発見された母と子どものニュースです。その前にはさいたま市で親子3人が餓死していたニュースもあったわけですが、今回は私にとっては人ごとと思えない、つらく切ないニュースでした。母親はくも膜下出血、4歳の男の子は衰弱による死亡とのことでした。この男の子には知的障がいがあり、自力で食事が出来なかったために衰弱したとの報道です。母子は、障がい児福祉手当を受給、紙おむつの支給も受けていて、何度かケースワーカーも訪問したが防げなかったという事件です。
 ですが腑に落ちないのは、男の子は23年4月には保育園に入園手続きをしたがキャンセルしていたこと、それ以前にも障がい児の療育施設との接点があったことがわかったからです。障がい児として行政が一度はフォローしたものを、保育園に入園しなかったことで全く支援が切れてしまうのだろうか、ということです。
 詳しい原因は、もちろん警察など関係機関の捜査の結果を待たなければいけませんが、一刻も早い原因の調査結果を知りたいと思いますね。これは。
 今小金井市では子どもの発達支援施設の建設検討が進んでいますが、同時に施設でおこなう業務の検討も市民参加で進んでいます。子どもたちの支援をいかに途切れなく継続できるかについての意見が多く寄せられ、一貫した支援を実現するためにはどうすればいいのかの議論があります。また、そのためには発達支援の専門部署を作るべきという意見が専門家でもある学芸大の先生の意見も出ています。途切れない支援ということは、行政機関が市民の側へ踏み出し、いわば、ご用はありませんか?と個人に寄り添うわなければいけないと、つくづく思い知らされる出来事です。
 ご存知ですか?障がい児の親としては「我が子より1日でもいいから長生きしたい。子どもを見送ってから死にたい」という願いがあることを。
 立川市では昨年の1月にも、母親が発達障がいのある長男を絞殺してしまう事件があったこともあり、再発を防ごうと市役所の旧庁舎に子ども家庭支援センターを移し、「発達支援係」を新設し相談体制の充実を目指すということです。
 さて、何とも言えない悲しみと切なさをかかえた鈴木成夫の一般質問は2月28日の午前10時からおこなわれる予定です。支援や相談というのは各課がばらばらにおこなっていては子ども中心の支援が出来ないということが小金井市でも言われていて、そのためには主体となって生涯にわたる支援の実現のために専門担当部署が必要である、という学芸大学の高橋教授の主張に賛同し、「生涯発達支援課」の創設と専門コーディネーターを施設側で確保することなどを提案しつつ、現状の課題、今後の見通しなど質問する予定です。

自民、公明、こがおもが反対し、全会一致ならず・・障害児短期入所施設の新設と既存施設の支援拡大を求める陳情書

2 月 10 日、厚生文教委員会で「障害児短期入所施設の新設と既存施設の支援拡大を求める陳情書」の採決が行われた。 本陳情は市内の桜町病院併設の障がい児対象ショートステイ事業所が、施設の老朽化と支援員さんの確保が困難で閉鎖されてしまうため、同様の施設新設と増設を求める内容だ。 採...