2014年8月6日水曜日

行政視察報告 石巻市

                                 

 北上市から石巻市への移動は、在来線の東北線で小牛田まで、小牛田から石巻線で石巻へ。乗ってきたディーゼルカーはご覧の通り石ノ森章太郎作品ラッピング。「マンガッタンライナー」として休日に運行されるそうです。石巻市は「石巻マンガランド基本構想」を策定し、「萬画」を活かした街づくりに取り組んでいる。市内には様々な石ノ森章太郎作品のキャラクターをいたることろで見ることができました。
  
石巻駅入口にあるサイボーグ003の足元には津波到達時の水深が示されています。ここが3・11当時、まぎれもなく津波に襲われた場所であることを示しています。
駅前にある市役所庁舎は、閉鎖した店舗を市が格安で買い取ったもの。震災後しばらくは周辺が冠水し、庁舎への出入りができない状況だったそうです。


 石巻市の視察テーマは「東日本大震災における被害状況と現状について」
・議会事務局次長あいさつ
震災復興基本計画のもとで復興中。合併後17万人の人口が現在15万人。少子化、高齢化と震災の影響が大きい。市街地の空洞化が課題。歩いて暮らせるコンパクトな街づくり目指している。市街地で新たな賑わいを創出するかわまちプロジェクトが進行中。石ノ森漫画館が復興しリニューアルオープンした。

【東日本大震災における被害状況と現状】

危機対策課長より説明。震災当時は消防職員として活動していた。現在は消防局からの出向。石巻市は北上川河口のまち。1市6町が合併した。人口減少率が県内一
震災前は水産物売り上げが全国3位の水揚げだった。

(震災当時の状況)

・地震発生54分後に南部の門脇(かどのわき)地区に津波が到達。第3波が最も波高が高かった。震災前の津波ハザードマップをはるかに超える浸水区域。旧北上川を50キロ津波が逆流。チリ地震の経験で津波を軽く見て被害にあった高齢者が多い。家屋の被害は大半が津波被害。平成26年3月末現在の犠牲者は3,523人(人口の2.7%)、行方不明者438人(人口の0.3%)最大避難者数50,753人(人口の31.2%)最大避難所開設数259か所。


津波の痕跡は、街のいたるところに残されています。3年経った現在でも津波の威力の大きさを感じます。


町中を歩くとまだ津波被害による更地があります。生活再建の遅れ、人口流出が大きな課題です。
震災の影響により0.7〜1.2メートル地盤沈下した市街地に設置されたポンプからの排水。


復興事業


地域の安心・安全。
・仮設住宅はコミュニティーが壊れているところがある。影響で自主防災組織を作れないところも多い。
・震災復興計画の策定。トータルで10年計画。・津波・高潮から地域を守るまちづくりの推進。
・復興公営住宅の整備 借り上げ型の公営住宅の入居はすでに始まっている。復旧・復興事業のピークは平成26年度だったが、入札不調で事業が遅れている。事業費も当初ぼ想定の約9倍。
・石巻市の市職員1,600人のうち49人が犠牲になった。現在も職員数が足らない。他の自治体からの応援と再任用で補完、応援職員数は300人。

震災後の新たな防災対策

浸水区域外の避難生活避難所と浸水区域内の緊急一時避難所に区分けした。震災当時は通信網が途絶したので、防災行政無線のデジタル化統合。衛生系通信手段。Jアラートの導入。防災無線の復旧とデジタル化。衛星携帯電話68カ所配備した。新しく、Wi-Fiスポット活用システムの「オレンジ」を整備した。

災害備蓄計画、防災基本条例

・備蓄食品の賞味期限を考慮し(5年間)4年サイクルで入れ替えする。
・津波避難タワーの整備。現在三基整備。津波避難ビルの指定。現在3カ所指定。三陸自動車道に避難階段を建設した。4カ所完了。
・あらたな防災対策として、災害に強いまちづくりを進めるための防災基本条例を制定した。自助、共助、公助。の理念を市民と共有することが目的。

(質疑応答・意見交換)

・議会の震災当時の対応は、避難所設営の協力をいただいた。震災当時議員の安否確認に時間がかかった。震災復興にあたり、国や県に対する陳情に市長とともに精力的に動いた。現在、議員は平成25年10月に策定した災害対応指針に基づいて行動する。
・トイレ対策は大きな課題だった。備蓄していたトイレ以外にも災害支援で協力団体が避難所に直接持ち込まれたものが多く内訳は把握できていない。生活習慣病の薬の問題は、
日赤の医療チームと市の保健師が地域を巡回した。半島部の交通途絶地域も苦労して巡回した。
・災害復興公営住宅の現状について、当初は平成28年度までに4000戸整備する計画だったが、25年149戸。26年度実質1074戸の見通しで、計画に若干の遅れがある。公募型の民間住宅の借り上げも進めている。復興住宅希望者の登録について、自宅の再建か復興住宅入居かで悩む方が多い。希望者は4900人と多く、住宅が足らない。災害時の情報ツールとしてのコミュニティーFMの運営主体は当初は株式会社の運営。

・避難行動要支援者対策震災時の課題は、現在協議中。登録方法とレベルの検討中。大学のアドバイスもらうが難しい。震災時の避難困難者の救出は隣近所によるものが多かった。
個別支援計画作成中だが、苦労している。
・避難所運営の住民参加の手法は、小中高校単位で運営を検討中。市立中は地元自治会にお願いし、県立高校は県と基本協定結んだ。運用について協議中。自治会と学校の付き合いのあるなしでカギの受け渡し方法に違いがあり、なかなか難しい。
・行政機関のBCP震災後の変化について、とにかく情報がなかった。情報収集が極めて困難だった。道路も寸断。震災後数日間は、冠水のため庁舎から出ることができなかった。消防本部から県などに状況報告しても「壊滅」の意味が伝わらなかった。相手のイメージが湧かなかった。
・入札震災復興住宅建設遅れは、建築資材が4割値上がりしたことが原因。
・子どもの心のケア、PTSD対策は影響を考慮し、教委でカウンセラーやSSW導入して対応。住民に対しては保健師が対応。カラコロステーション(駅前の拠点)でのケア、病院のドクターが対応。専門医につないでいる。
・備蓄品は、各家庭の備えもあったが、津波被害のため、1階にあった物はすべて流され、ほとんどダメになった。物にもよるが置き場所を考える必要がある。地域の特性に合わせたしまい方が重要。水を多めに備える。大災害時に3日で物資が届くか疑問。1週間くらいの備蓄は必要と思う。震災後は避難所の備蓄、簡易スロープ、ポータブルトイレを備蓄、整備するようになった。津波で2階に避難する時のために担架を準備するようになった。障がい者が必要な薬の配置、事前に協定を結んで配達してもらう工夫も必要だった。
・自主防災会の活動については、地震が多いところなので、沿岸部の住民は津波被害を先祖代々伝えているような熱心な地域はあるが、被害が少ない地域はそうではなく、地域により違いがある。防災会組織率は、震災後でも80%。合併前の市町によっては100%のところもあったが、市街地では組織率が低い。仮設に移転して、コミュニティーがバラバラになってしまった。
・子どもの防災教育については、大川小学校の教訓から学校防災のワーキンググループ作り、学校防災マニュアル策定中。学年に合わせた防災教育の内容を検討中。釜石市の防災教育をお手本にしている。
・復興住宅のコミュニティーの現状、崩壊を防ぐ手だては、住宅申し込みの際に、複数世帯で申し込み可能にして、近所ごとに入居するよう、事前登録で入居者同士の顔合わせをしている。
・原発の影響、風評被害、漁業への影響。避難計画。女川原発の対応では、原発避難計画を今年中に作れと言われているが、15万人を移送する先もない。病院、介護施設の移動など、課題が多すぎる。PAZを優先して避難させる計画だが、牡鹿半島は道路が3本しかない。風向き、天候を考慮して優先地域の避難を考えるか、問題多い。風評被害は漁業が影響大きい。線量調査して出荷し不安の解消に苦労している。販路が一時期途絶えたために販路が復活しない、取引先が再開できない問題があると聞いている。女川原発周辺施設に福島からの避難者400人避難している。
・災対本部の自動設置は指揮系統の明確化のため廃止した。市長、副市長の指揮権の整理が目的。
・活動本部の状況は、初期段階は情報がなく、夜になって現地入りした自衛隊から様子を聞いた。自分たちのまちの情報がなかった。自衛隊、県、電話回線は無線の1系統のみで、情報は少なく錯綜、混乱していた。地盤沈下の浸水の影響で動けなかった。食料調達が課題だった。情報がない中で現場で話し合って方針を決めていった。情報の真偽が不明。住民に顔を出すことを第1とした。
・ガレキ処理当初は分別できなかったが、段階をへて分別が進んだ。置き場は市有地。
ライフラインの復旧については、インフラ復旧に関する協定を周辺自治体と結んでいる。


歴史ある建造物として、市が保存を検討している店舗。建物の裏側にはやはり津波の痕跡があります。
石ノ森萬画館。川の中州にあるニューヨークのマンハッタンを模して「マンガッタン」なんだそうです。石巻マンガランド基本構想のシンボルとなる施設です。




市役所で行われた説明後、市のご好意により市内の被災状況を視察することができました。やはり海に近い南浜地区の被害が甚大です。写真奥が津波で流出したガレキ火災によって全焼した門脇小学校です。広大な更地は元はすべて住宅地だったところ。残った住宅も室内は津波による被害を受けています。この地域は今後、震災復興公園として整備される計画です。


被災地の復興シンボルとして有名な看板。敷地は元はコンビニエンスストアだったそう。隣にある柱は津波高さを表しています。


震災当日、多くの市民が避難した日和(ひより)山から萬画館がある旧北上川の中瀬地区を臨む。
日向山のふもとには寺院が多くあります。津波の被害は墓石にも及び、中には整理されないままの墓所も多くありました。

石巻駅には市内有数の事業所である日本製紙の石巻工場から出荷されるロール紙を積んだコンテナ貨物が。この工場も大きな津波被害を受け復旧しました。


【視察の感想】

1.通信手段の確保

 今回の震災では、北上市、石巻市ともに電話など通信回線の途絶による庁舎間の連絡、市民に対する情報提供ができなかったことを反省点のひとつとしています。また各関係機関や地域の自主防災会、自治会などの組織間の連絡手段が十分にできなかったことは、小金井市とは事情が異なるとはいえ、参考にすべきです。情報が途絶した場合でもそれぞれの組織の自主的判断で動ける体制を目指すべきです。


2.行政の各部署の自主的判断が必要

開設した災害対策本部も、各専門部が自主的な判断ができずに企画部総務班政策企画課に指示伺いをしたため業務が煩雑化して停滞したことを、小金井市でも教訓にすべきで、そのためには北上市でも行った災害対策本部の参集訓練を総合防災訓練時に行うなど、各部・課の役割分担と使命を明確にする必要があると感じます。北上市の場合は沿岸部に比べ、被害が軽徴だったために震災直後から沿岸部からの避難者を受け入れていたことも特徴的で、市内の旅館、ホテルを避難者のために借り上げて支援した経験にも学ぶべき点は多いと感じます。
 

3.市民の責務を明確に

大災害発生時には、市役所など行政機関も被災し、機能停止することを前提とし、自助、共助、公助の理念を防災、減災の柱として掲げ、市民自身の責務を明らかにした防災基本条例を制定した石巻市の取り組みは、小金井市でも参考にすべきです。
 

4.避難所運営の検討

避難所運営についても多くの気づきを与えた視察になりました。地域コミュニティーの形は地域によりの違いますが、小金井市でも地域の実情に合わせた避難所運営の検討が必要です。これまで小金井市では町会、自治会単位で防災組織を構成していますが、避難所運営を考えると、学校に隣接している町会、自治体が連合体となり学校を中心とした避難所運営を学校とともに協議すべきです。


5.総論

2市の視察を終えて感じることは、どちらの自治体も地域防災計画を策定し、事前の準備は怠りなく行っていました。しかし、想定をはるかにこえる規模の震災により想定外の対応の連続となったわけです。激甚災害であったため、その地の情報が入らずにいたことも混乱の一因だったことで、その情報は自衛隊や消防隊によりもたらされたという事実を受け止めなければなりません。被災地となった地域の市民は、水道、電気、ガスといったライフラインの途絶への備えだけでなく、情報過疎に対しても備えを持つべきであることがわかります。備蓄食料は3日分ではなく、最低1週間は必要。避難所に避難せずに、自宅で復旧を待てる備えが必要なことを考える視察となりました。



2014年8月5日火曜日

行政視察報告・岩手県北上市

 
 
 総務企画委員会では、7月28日に岩手県北上市、29日に宮城県石巻市の行政視察を行いました。視察地と視察テーマは、ワタクシ鈴木しげおの提案です。一日目に訪問した北上市は岩手県南西部に位置する人口93,000人の自治体。小金井市とは、93年前に北上川沿いに開園した「展勝地」に小金井桜を寄贈した縁で交流があり、東日本大震災発災後の平成23年3月24日には小金井市から支援物資を運びました。その後の平成24年5月には災害時相互応援協定を締結しています。



震災後に耐震補強が施された庁舎の外観と補修した天井版
 北上市での視察テーマは「東日本大震災における被害状況と現状及び桜に関する観光行政について」
 担当部局の説明に先立ち、市議会議長と高橋市長からご挨拶。93年前の展勝地開園時に譲り受けた小金井桜が縁で交流が続き、大震災時の支援物資提供に感謝しているとのご挨拶をいただきました。
      

【東日本大震災における被害状況と現状】

 消防防災課高橋さんより説明。北上市は、常備消防を西和賀町との一部事務組合「北上地区消防組合」により運営。市の消防防災部は消防組合内に設置されているので、市の直営に近いイメージ。東京消防庁に委託している小金井市とは消防本部との距離感、関係性が違います。
 説明はパワーポイントと配布資料で。資料は「北上市の防災対策について」

(震災当時の状況)

 震度5強の揺れにより、大規模な停電、断水、学校等公共施設、道路、橋脚が破損。JR東日本東北新幹線高架橋の橋脚も破損した。(その後、わずか49日で運転再開を果たしている)
・内陸部のため津波被害が及ばなかったため、犠牲者は1名。行方不明者が1名。その後の震災関連死が1名。
・市役所庁舎の向かいにある健康管理センターに災害対策本部を設置し、避難所は市内に33カ所設置したが、通信が途絶したため、避難所間などの連絡は、64部ある消防団の車両を避難所へ配備して消防無線でやり取りをした。
・断水は1週間。健康管理センターは断水しない構造だったので給水所になった。水道の本格復旧には時間がかかった。
・通信インフラが喪失し、行政から市民に対する情報発信、行政感の通信も十分ではなかった。市民への情報は、掲示板に手書きで貼り出していた。
・ガソリン不足が深刻。公用車の運行も制限され、支援業務に支障を生じた。

(震災後に行われた改善の取り組み)


・大震災の経験がこれまでなかったために、災害時の動きがわからず、職員の自主的な動き・対応ができなかった。各課が政策企画班からの指示待ち状況だったが、その後5月23日に庁内プロジェクトチームを作り、被災者支援の手続きを一元化した。その結果、担当課もそれぞれの通常業務に専念できるようになった。
・震災後に、北上市総合計画(平成20〜30年)には大きく手を加えずに、地域防災計画の見直しをした。

1.迅速な災害対応への災害対策本部体制

 これまで職員は、本庁舎に集合後担当の現場に向かうことになっていた。本部員の役割が不明確だったため、総務企画班に指示伺いが集中し、作業が煩雑化していた。災対本部参集訓練を実施していなかったことも大きな反省点。
→緊急初動特別の強化→職員は職員の担当現場に直接参集する形式にした。
→平成25年12月に北上市災害対策本部運営指針を策定した。→災害時に職員が自主的に動けるようにして、総務班は全体の総合調整をする形式に改めた。

2.震災時の避難所運営の円滑化

 震災時は、通信インフラ途絶で、避難所情報が発信できず、開設された避難所情報が市民にはわからなかった。
→開設する避難所を第1次(17ヶ所)第2次(56ヶ所)に分類。
→避難所を1次・2次に分類し、第2次は状況を見て開設する。1次収容避難所と本庁舎、合計17ヶ所に防災備蓄倉庫を設置し、5年間で目標値の食料備蓄を目指す。目標値は避難所となる地区センターの定員分(100〜120人)×3日分。

3.災害時の通信手段の確保

震災時は3カ所の庁舎間、収容避難所、対市民への通信手段の確保ができなかった。
→自主防災組織などの組織ベースと市民個人ベースでの情報発信の強化
組織ベースでの強化:自主防災組織(94組織)間は携帯無線、各行政庁舎間の連絡は衛星系携帯電話を配備した。
個人ベースでの強化:緊急速報メールの運用を強化した。

→防災体制構築の強化
対市民:時間経過に合わせた住民個人へのリアルタイムな情報提供の強化が必要。タイミングにより情報を発信する情報の内容と対象が変化する。コミュニティーFMの活用を検討中。会社と契約し、地域情報の発信が可能になる。ラジオの情報が個人への情報強化の取り組みになる。

全体的な課題解消に向けた取り組み:
・消防庁指定のアドバイザー派遣を要請し、アドバイスをもらう。派遣日時は未定。派遣は決定した。
・避難勧告の発令を用いた検証(H26北上市総合防災訓練で検証する)訓練で勧告を発令する。
・職員初動マニュアルについて
手帳形式で職員が携帯するもの。初版は22年に作成していた。実際の地域防災計画は分厚いので参照しづらいので、ポケット判にした。3・11後に体制が変わったので、今回4月に作り直した。現在は第2版。


これが職員に配布された防災初動マニュアル。手帳形式で携帯可能。職員各位の自主的な行動を実現するためには有効なものと感じます。


(質疑応答・意見交換)

・避難所運営の住民参加の方法は、震災後に市民意識が変化し、組織が活動するようになった。避難所運営について、避難者自身での運営を経験するために避難所運営ゲームしている。要援護者対応は情報が乏しかった。県立花巻中部病院近くの交流センターを2次避難所にしていた。震災後は、新たに社協と協議して福祉避難所を増やす検討している。福祉避難所の運営マニュアルを準備している。
・備蓄食料の目標値は、避難所となる地区交流センターで100から120人収容できるので、人数分×3日分を目標値に設定し備蓄を進めている。
・自主防の携帯無線の形式は、MCA無線で、各地域センターと自主防の連絡をするようにした。
 ・トイレは水が流せなかったため最初はポータブル。現在は固めるタイプを配備した。
避難所33カは、4月15日まで開設していた。その後、ホテルや旅館を借り上げて沿岸地域の被災者を受け入れた。沿岸の支援ができた理由は、北上市に大きな被害がなかったため。小金井市からの物資も沿岸地域に送った。市民は不便ながらも不通の生活に戻れた。議員の対応は、地元の避難所で、それぞれができることをしていただいた。
・町会・自治会の動きは、33カ所の避難所は市が指定した避難所ではなく、自治会が自主的に指定した避難所もあった。自主防災組織も設立して新しいところは何をしていいかわからず、動けない組織もあった。新しいマンション住民を地域住民の避難所に受け入れた例もあった。避難所に対し、物資の配布だけしかできなかったという反省もあった。震災後は、総合防災訓練も16地区持ち回りで訓練するようになった。今年で3回目。
・災害時の情報発信ツールとしてのコミュニティーFMについて、参考にしている自治体は奥州市、一関市、など、設置済みの近隣市を参考にしている。運営は民間に任せたい。経営の部分が課題になっている。災害時の有効な手段と思うが、法人の運営が問題。国の補助はないので市の財源での運営を考えている。
・地域防災計画見直しについて、市民の関わり方。パブコメ以外での取り組みは、パブコメ前に自主防災組織にアンケートした。意見交換会も行った。
・ボランンティア受け入れについての考え方は、北上市の場合、多くのボランティアが必要になるのは北上川の氾濫。受け入れについて社協と協議している。
震災当時に災害対策本部が設置された健康福祉センター

【桜に関する観光行政について】

商工部商業観光課及川課長より説明。

 桜まつり来訪者は3週間で30万人。年間で50万人。半分は展勝地来訪し市民の誇り。古くは和賀展勝地と呼ばれていた。展望のきいた景勝の地という造語。弘前、仙北(角館)市と並ぶ東北の3大桜名所。桜行政の中心地が展勝地。大正10年5月21日に開園し本年で93年目。開園当時に小金井桜を1200本植栽。旧黒沢尻町長が対岸の旧橘村に持ちかけて実現したもの。桜まつりの開催日時は固定。連休の終わりまで開催し、本年は5月6日まで22日間開催。平成23年も震災復興を祈念して、華美にならない程度の規模で開催した。展勝地の来場者数を3大名所で比較すると、北上の倍が仙北(角館)、仙北の倍が弘前。
桜行政関係団体は、北上さくらの会:会長は前市長。展勝地連絡協議会:行政が行う出前講座用の資料として、展勝地近辺の施設案内資料を作った。
他の観光地としては、サトウハチロー記念館。みちのく民俗村(曲がり屋)。国見山廃寺。陣ゲ丘などがある。展勝地公園を平成12年から整備中。終了は平成29年度予定。広さ19ヘクタール。

(質疑応答・意見交換)

・桜のライトアップの期間は10日間ほど。全体の本数を照らせていない。何本かに1カ所照らしている。
・観光の担当課3つの役割分担は主催3団体、行政の観光課は企画。実施は観光コンベンション協会。特産品の開発は商工会。
来訪者対応の人手は、観光協会職員が4人、行政と商工会で10人。アルバイトで20人ほど雇っている。警備も別に増員。仮設トイレ5〜10基増設。公園トイレの横に増設している。駐車場とトイレの整備が課題。毎年苦情が多い。


北上駅コンコース改札口の上には、地元にアトリエを構えた利根山光人の作品。

2014年8月1日金曜日

都立青峰学園 私たちは、パン屋さんを育てているのではなく、パンを作る「人」を育てています。


 7月18日、いろいろなご縁でつながった昭島・生活者ネットワークの大嶽貴恵市議からのお誘いで、青梅市にある特別支援学校の都立青峰学園を見学させていただきました。

校舎正面入口には学校が運営するカフェの看板もあります。
基本的に校舎内は段差フリー。廊下の幅も普通高校時代から拡幅されています。
以前は都立青梅東高校だった校舎を利用して、青梅・奥多摩方面を通学地域とする肢体不自由教育部門(小・中・高等部)と知的障がい教育部門(高等部就業技術課)を併置した特別支援学校で、開校は平成21年の新しい学校です。近年の知的障がい児の増加と肢体不自由校の通学区域の改善が目的です。
注目は校舎内の清潔さ。就業技術課のエコロジーサービスコースのビルクリーニング実習の成果でピカピカ。この美しさは感動的でした。
肢体不自由部門は知的発達の遅れがなく、大学進学を目指す教育課程から、知的障がい特別支援学校の各教科に替えた教育課程、自立活動指導を主とする課程、そして肢体不自由校ならではの訪問学級の4つに分かれています。これは他の肢体不自由校と同じで小学・中学、高等部まで。スクールバスは4台(大型2台、普通車ワゴンタイプ2台)運行です。
 知的障がい教育部門は、各学年1クラス10名で4クラス。軽度の知的障がいで、都内全域を通学区とし、働きたい、就職したいを希望する生徒が対象です。
 簡単に言うと、肢体不自由校に軽度の知的障がいの高等部を併置した特別支援学校ということになります。異なる障がいの児童生徒を、ひとつの学校で支援する考えは、特別支援教育の構想段階では理想の形とされたものです。
 従来の体育館スペースの半分をつぶして更衣室と食品コースで使用する厨房を設置しています。就業技術課の生徒には、社会人としての素養を身につけるために個人ロッカーとカギを与え、鏡で身だしなみを整えることも習慣付けています。
前室には更衣室があり、厨房には入口の粘着マットで汚れを落として入室します。

 まず始めに見せていただいたのが、食品コース。厨房前には食品衛生法上設置が義務づけされている前室があり、ここで手指の洗浄と白衣への着替えを済ませます。厨房で作るのはパン。ここで副校長先生が冒頭の言葉を話したのです。製パンにはプロフェッショナルを指導者にして製法を学ぶのですが、製パンの技術習得は目的ではなく、社会人として就労していくために必要な様々なルールや考え方を学ぶための手段であるということです。見学の最初の時点でインパクトの強い言葉をいただきました。理屈ではわかっているつもりでも人間づくりの大切さについて改めて考えさせられる言葉でした。これは学校の重要な教育理念のひとつと言えるでしょう。
 この日はちょうど夏休み前日の全校集会が開催されていました。是非見て欲しいということで集会も見学しましたが、就業技術課の生徒は全員が起立状態。これも将来の就業のための訓練ということです。そしてなんと小金井市在住の校長先生は視覚支援のために、話す内容をパワーポイントで映写しながらのお話で、興味深い取り組みと感じました。
 

 廊下からふと教室を見ると、教室前方の壁面に日の丸と東京都章が。噂には聞いていましたが、新設された特別支援学校には掲示されていると聞きました。他の都立高校でもあるのかな?うっかりして理由を聞きそびれてしまいました。
 就業技術課は、流通・サービス系列(エコロジーサービスとロジスティクスコース)と家政・福祉系列(食品コースと福祉コース)にの2系列4コース分類されています。 

 ロジスティクスコース教室は、受付カウンターがあり実際の宅配・運送業者と同様に作られ、営業スローガンも掲示され、実習用のフォークリフトまであります。
エコロジーサービス部門が管理する農場。ここで生産する花は実際に販売し、近隣地域の花壇の植栽の管理も行っています。

肢体不自由併置校なので、車イスのためのスロープが校舎を増築して設置されています。



家政・福祉系列は、主に製パンとビル清掃を行います。ここで作るパンは青峰学園の給食や校内の「のんびりカフェ」で提供されます。


のんびりカフェの誇り、保健所の営業許可。販売とカフェの営業を通じて接客の実際をまなんでいます。もともとは教室だったところを教員と生徒、地域の方の協力を得て改装したものだそうです。

 学校で作ったものは実際に販売し、生徒さんが接客を体験することで就労へ向けた実習を行うわけです。それぞれの部門ごとに営業目標を掲げ、目標達成に向けた努力をしているというお話しでした。
人気の部活動はパソコン。調理部も人気だとか。将来の生徒自身の自立に向けた訓練にもなるので、その意味では学校も力を入れているそうです。

 学校の清掃、教職員が使用するOA用品の仕分けと管理、食品製造と販売、農園芸品の育成と販売。すべての学習活動が、実際に販売につなげることで、生徒と教員そして職業指導員さんの指導を受けながら社会人としての立ち振る舞いと常識を指導している様子がわかります。就労先情報も校内の廊下に掲示して、生徒自身が選んで就職活動をするようにしていました。これも生徒の自主性を育てることを重視した結果です。副校長先生によると「就労をしっかり継続していくためには、詰め込みではなく生徒個人とのコミュニケーションを密接に図り、進路を見極めていく必要があり、そのためには1クラス10人という現在の規模が最適です」とのこと。生徒の個性に丁寧に向き合わないことには安定した就労の継続はあり得ないということなのです。ここが1学年40人の青峰学園と1学年100人の他のチャレンジスクールとの大きな違いです。青峰学園の就業技術課は知的障がい特別支援学校なので、発達障がい児は対象外です。障がい者の雇用についても「企業の障がい者雇用は身体障がい者だけに偏らず、もっと積極的な知的障がい者雇用を考えるべき」とも話されていました。社会人としての常識と自主性を育てて社会に送り出す教員の皆さんの熱い情熱が伝わります。「私たちは、パン屋さんを育てるのではなく、パンを作れる社会人を育てています」との言葉が強く印象に残りました。











2014年7月21日月曜日

平成26年 議会運営委員会行政視察報告

議会運営委員会で行った今年度の行政視察は、7月16日〜17日にかけて長野県大町市と新潟県上越市を訪問しました。両市ともすでに議会基本条例を策定済みで、条例を運用の実際を調査するのが目的です。

昼食は途中の諏訪サービスエリアで。いただいたのは松本のソウルフード「山賊焼き定食」。甲府の鳥モツ煮がメニューから消えていたのが気になりましたが・・・。下味をつけた鳥の唐揚げをメインにしたものです。まちの食堂へ行くともっと素晴らしいボリュームでいただけます。
 今回の視察は、大町市から上越市への移動に時間がかかるため、全行程が貸切バスの移動です。緑まぶしい中央道から長野道を経由して大町市へ。視察後は長野オリンピック歳々時に整備された通称オリンピック道路から国道19号線、上信越高速道経由で新潟県上越市へ移動し、JR信越線高田駅近くに宿泊、翌日上越市役所を訪問し、お話を伺いました。

          

  
大町市の名物で自慢の豊富な湧水を使ったミネラルウォーター。こうした視察の場面で、さりげなく宣伝することに地元への愛着が伝わってきます。
(長野県大町市)
視察テーマ:議会基本条例について(制定後の状況をおりまぜて)    
 大町市は長野県北西部に位置し、人口約29,000人。市議会議員定数は現在18名だが、議員定数の見直しにより、来春の議会選挙から定数2名減の16名となる。標高は700メートル、市の西部は北アルプスを有し、黒部アルペンルートの出発地で、仁科3湖や豊富な湧水と温泉に恵まれた山岳観光都市。
13時30分からおおよそ2時間、議長と議会運営委員長、議会事務局長からお話を伺いました。 冒頭に議長のご挨拶をいただいたわけですが、平成18年の八坂、美麻村編入合併当時の人口32,000人が、現在29,000人ということで、人口減少が大きな課題ということです。標高が高いため、年に数回は最低気温マイナス15度を下回ることもあるそうです。
 市内には昭和電工と東洋紡の工場がありましたが、東洋紡大町工場が1999年12月に閉鎖となり、新たに豊富な地下水を利用するミネラルウォーターメーカー2社が参入していますが、いまだ広大な空き地が広がっている光景を見ると、事業所の誘致と跡地の有効利用が今後の問題だと感じました。
 議会基本条例制定は2010年(平成22)10月。
 大町市議会基本条例の大きな特色は・・・
1.開催が義務化された意見交換会(第13条)「市民からの要望があった時はこれに応じるものとする」とし、少なくとも年1回としていること。
2.市民意見の受け皿として設置された「政策調整委員会」(第20条)。
3.条例の目的が達成されているかどうかについて、常に検証し、必要に応じてこの条例の見直しを行うものとする」と、検証及び見直しを定義していること。(第24条)
4.災害時の対応として、災害対策本部が設置された際の支援と迅速な対応を定義していることで(第6条)、議会基本条例とは別に「大町市議会災害対策支援本部行動指針」を制定していること。・・・以上の4点と感じました。

 議会基本条例制定後の市民の反応はそれほど大きくないとのことでしたが、中牧議運委員長のお話では、参加人数が少ないことはあまり気にしていないということ。「参加者数の問題ではなく、議会が最高規範を設置して自らを律することを目的にしているから」とのお話がとても印象的でした。議会報告会ではなく、意見交換会とした理由については、「住民の意見を聞くことを重視し、議会が住民に説明する形の一方通行にしたくなかった」ことが理由。政策調整委員会の開催実績は、これまではなかったが、現在検討中の乾杯条例の検討が行われている最中です。大町市には特産のひとつである酒蔵があり、地域振興策として地元の銘酒での乾杯を推奨していこうという趣旨の条例です。
 意見交換会参加者増の工夫については、市民団体の要望があれば開催し、説明資料は議会だよりと決算資料だが、市民の意見を引き出す難しさと、議題に対する議員個人に対する質問への対応の難しさを課題としています。参加者数は平均で1カ所あたり20人。少ない時は4・5人の時もあり、若年層の参加が少ないとのお話。ただ、議員定数削減の取り組みは、意見交換会で出された意見が発端になっているとのことでした。報告のルールは、議員個人のアピールはしないこと、回答の責任者を決めておき、議会だよりをもとに説明するとのこと。政策調整委員会は地方自治法100条12(協議又は調整を行うための場)として規定されています。
 わたくしが、特に注目した災害対策本部行動指針を設置した理由については、東日本大震災での大きな混乱を教訓に情報が少なく、混乱する状況での行動指針が必要と考え、最悪の状況での混乱を回避するため、また、力が大きい、発言力が大きい議員に、行政と議会が振り回されることを防止し、議会がチームとして動くために制定したとのことでした。大町市は、日本列島を地質学的に東西に分ける大断層の「中央構造線」(フォッサマグナ)に貫かれた自治体であり、地震の発生確立が高いこともその理由としていました。行政とともに議会が、最悪の状況を想定した備えをしていることが印象に残りました。小金井市でも今後は検討が求められるテーマと感じました。

(新潟県上越市)
視察テーマ:議会改革(政策形成会議・課題調整会議) 新潟県南西部の上越地方の中心都市として、2005年(平成17)に旧高田市と直江津市を中心にした14市町村を合併して生まれた中核都市で人口は20万人。市議会議員定数は32名。議会基本条例制定の経緯は、平成21年5月に「議会基本条例策定検討委員会」を設置し、翌平成22年11月の臨時会に上程、可決されています。





宿泊した高田地区は、三層の櫓が特徴の高田城を中心に栄えたまちです。おりからハスの花が見頃で、それは見事なものでした。早朝散策した旧市街には60を超える寺院の寺町、雪国ならではの「雁木」と「町家」の町並みが残る情緒豊かなまちでした。
市役所庁舎に隣接するJR信越線春日山駅。春日山城址は上杉謙信ゆかりの地でもあります。駅は庁舎に隣接していながら乗降口は反対側のみ。市役所利用者の徒歩利用は重視しせず、自家用車利用中心の地方都市を象徴する光景です。庁舎の駐車場も広大で、職員も利用者も自家用車利用が原則の作りでした。合併の中心となった高田と直江津の中間に新庁舎を設置したこともあるかも知れませんが。状況は小金井市とは違います。
市議会の委員会室を見せていただきました。重厚な雰囲気が漂います。
市内幹線道路沿いの空き店舗を活用したと思われる病児・病後児保育室。資料によれば認可保育所定員は5,269人。ちなみに待機児童数はゼロです。
 大町市もそうですが、地域がおかれた状況は小金井市とは大きく異なっています。当然ですが。両市とも近隣市長村と合併しています。議会基本条例制定の動機も合併と無関係ではないと感じました。合併し、議員定数が大幅に削減され、地域の独自性が薄まると、地域が新しいルールを求めるのではないでしょうか。ここが小金井市とは大きく異なるポイントです。

 上越市の議会基本条例の大きな特長は以下の5点。
1.情報共有と公開(第7条)
2.市民参画と協働(第8条)
3.議会報告会(第9条)
4.委員会での自由討議(第16条)
5.質疑の1問1答と市長の反問権
 
 議会報告会と意見交換会両方を実施していることも特長です。3月議会(予算)の報告を5月に行い、9月(決算)議会報告を11月に開催します。議会報告会と同時開催の場合と意見交換会のみ単独開催の場合があります。市内を28地区に分割し、2年間ですべての地域で開催しています。意見交換会は平成25年度の検証による見直しにより、意見交換会を3回増の年14回。議会報告会は2回増の年8回開催としています。
 議会改革の取り組み自体は、会議の公開など、基本条例制定前から議会報告会や意見交換会以外はかなり行われていました。議会の活動を市民に広く知らせる取り組みとして、議会だよりのオールカラー化を行い、現在は議会だよりの愛称を募集中でした。市民の意見を市議会で受け止めるために設置した議会ポストは、議会に対する意見・要望、会派や議員個人に対する意見等を受け付けるもので、議会として主体的なもののみ回答し、議長判断での対応、会派・議員個人が対応、各派代表者会議で協議、全員協議会で対応を協議するものの4つに分類して対応し、回答は個人情報以外を議会だより、ホームページで公表しています。
 基本条例制定後の市民の反応としては、条例自体が市民に十分に知れわたったとは言えず、関心のない市民へのアプローチが課題で、条例制定後4年ごとに検証と見直しを行うとしています。広報広聴委員会の設置(第10条)は、地方自治法100条12項に基ずく協議又は調整を行うための場としていて、委員長が招集者です。
 付属機関の設置(第21条)は、現在、各地で社会問題となっている市内の中山間地域の空き家対策を検討するために設置したのが、上越市では始めての取り組みになるということです。その他の特長としては、地方自治法100条12項の「協議又は調整を行うための場」として、全員協議会、各派代表者会議、広報広聴委員会、課題調整会議、政策形成会議、各常任委員協議会、各特別委員協議会、議員懇談会を市議会会議規則で具体的に定め、当然これらの会議は原則公開(会議記録は要点筆記)していることも大きな特長です。
 ・・・今回、2市を視察して感じるのは、人口減少や高齢化、中心市街地の空洞化、特に中山間地の限界集落対策など、先延ばしの許されない様々な地方都市の持つ課題と向き合い、平成の大合併を経験した地方都市の議会に対する市民の期待の高さと、期待に応えようと努力する議会の取り組みの結果が、議会改革のシンボルとなった議会基本条例の制定に向かわせたと感じます。自治体や地方議会の持つ課題はそれぞれで、地方分権と住民自治の原則。2元代表制をとる地方議会において、強大な市長の権限に対抗する市民の代表者である市議会のあり方として、小金井市議会は、小金井市独自の答えを探すことが重要と感じます。議会基本条例にも小金井独自の姿勢と特色を備えた「コガネイスタイル」が求められていると強く思わせる今回の視察でした。







2014年6月29日日曜日

地域のチカラ

 今日は私が会長を務めさせていただいている地元の自主防災会主催の防災訓練でした。早朝まで雨が残り、屋外での実施には勇気がいる決断でしたが、何とか天気も回復し予定した訓練メニューをすべて終えることが出来ました。
 自治会の区域内の公園を会場に消防署指導のもと、AEDを活用した心肺蘇生法、訓練用消火器を使った初期消火、そして可搬式ポンプを使っての防火水槽からの放水、スタンドパイプを使い消火栓から取水しての放水を参加者の皆様にも体験していただきながらの訓練でした。
 
 今回の炊き出しはカレー。今回初の試みとして、炊き出しの食器を小金井市のリユース食器にしてみたのです。これまでは訓練のたびに大量のスチロール製食器を使い捨ててしまう後ろめたさを感じていましたが、これで解決です。こうした訓練は、役員さんとの打ち合せして、アイディアをいただいて、訓練メニューを考えるところから始まっています。そして、多くの方の協力を仰ぎ、準備を重ねて始めて成立するのですね。一口に炊き出しといっても、食材の買い出しから下ごしらえなどの事前の準備が欠かせません。実はこれが大変なのです。

 こうした様々な準備の集大成が訓練当日というわけで、地元自治会の皆様をはじめ、近隣の自主防災会や自治会の皆さん、災害応援協定を締結した包括支援センターの職員の皆さんにも多数ご参加いただき、地域の連携を確認することが出来ました。この成果は自治会役員と防災会の皆様の数々のご尽力があってこそ。それが地域のチカラそのものであるなあと改めて感じた一日でした。

2014年6月22日日曜日

市議会6月定例会終わりました

 
6月20日本会議最終日には、予算特別委員長としてい委員長報告を行いました。
5月30日に開会した小金井市議会平成26年第2回定例会(6月議会)は、昨日6月20日に終了しました。
 今回は議案そのものに大きな議論となるものはなく、比較的平穏に閉会した印象です。補正予算は2億4,879万6千円で、保育園待機児解消策として小規模保育所(グループ保育10名×3カ所分)19,440千円、関野町に27年4月開園予定の認証保育所(定員40名)35,000千円の開設準備補助金。私立幼稚園就園奨励費補助金61,472千円。他には臨時職員にはこれまでは支給されてこなかった交通費を支給する予算などが計上されました。特に3月定例会でも問題として大きく取り上げられた保育園待機児問題は、平成26年4月1日現在の待機児数が257名となり昨年度比で69名増で、待機児童率(就学前児童に対する待機児割合)が4.4%で3年連続で多摩26市中最悪となっています。この問題について小金井市議会民主党は、以前から「保育需要に追いつけないのではなく、明かな政策判断の間違い」と以前から指摘してきましたが、今回はその主張を受け入れた予算内容になりました。市でも保育所定員は増やし続けてきましたが、他市ではそれ以上に努力していることは明らかで、保育事業者の積極的誘致をせず、現在の厳しい状況を招いてしまっている市長の責任は大きいと言えます。小金井市に魅力を感じて流入した方々の期待に応えられていないわけで、ここはしっかりと対策を講じていくべきです。その他には市役所第2庁舎の賃料の値下げに向けた調停が6月末にも成立し、庁舎と駐車場の賃料が合計で1,976万円(年間2億3,712万円)削減される見通しです。
黄金井名物市が開催されたフェスティバルコート。この賑わいを見ると地域の持つ潜在的なポテンシャルはまだまだ大きいと感じます。駅前再開発が失敗とはとても思えません。この画像奥が駅前第2地区。

 本定例会での予算や議案とは直接関連しませんが、武蔵小金井駅南口第2地区再開発事業関連の動きとして、地権者が設立した準備組合が進めている再開発計画に関連した用途地域の変更などの都市計画を8月中に決定するための説明が、市議会では全員協議会を4月から5月にかけて3回開催されました。市民対象の説明会は、4月25日に開催したところです。今後は計画決定に向けた調整が進むことになるわけですが、再開発事業に対する市の補助金15億円についての妥当性と、都市計画決定に対する市民説明のありかた問う議論が活発化しています。本定例会でもこの問題についての陳情が複数提出され議論されました。私個人としても、小金井市議会民主党としても、第1地区再開発から積極的にこの事業に協力してきた第2地区の再開発準備組合の皆さんの意思を尊重し、駅前地区の乱開発を抑制する計画的な都市基盤整備の必要性を認める立場です。また、市が行う都市計画の決定と再開発準備組合が進める計画は分けて考えるべきで、市は都市計画の認定権者として、準備組合は事業の当事者として、それぞれの立場で丁寧な説明を重ねることが重要と考えています。再開発による商業の活性化と、良質な住戸が増えることによる税収構造の向上を期待しています。今後も計画の理解が図られるよう、円滑な合意形成に向けた方策を提案していきたいと考えています。

自民、公明、こがおもが反対し、全会一致ならず・・障害児短期入所施設の新設と既存施設の支援拡大を求める陳情書

2 月 10 日、厚生文教委員会で「障害児短期入所施設の新設と既存施設の支援拡大を求める陳情書」の採決が行われた。 本陳情は市内の桜町病院併設の障がい児対象ショートステイ事業所が、施設の老朽化と支援員さんの確保が困難で閉鎖されてしまうため、同様の施設新設と増設を求める内容だ。 採...